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本の装丁 製本 モロッコ革 モロッコ皮 マーブル紙 ベラム 久永内科 久永光造 写真は2分かかりますが待つ価値はあります

 西洋諸国では優れた本を美しく装丁する習慣があります。装丁は英語でブックバインディング、フランス語ではルリュールといいます。歴史的には日本の和書は 背表紙のない和とじ〔下の写真参照〕 の習慣があり、昔は表紙の作り方、製本の方法が西洋と全く異なりました。和紙が、極めて強く保存性がよいのと、和とじ は比較的素人でも修復が容易であるため製本の方法を発達させる必要がなかったのでしょう。そのためか日本では現在でも、自分の蔵書を一冊ずつ装丁家に依頼する人はごくまれでしょう。また優れた装丁家を見つけることもなかなか困難です。一冊装丁を依頼すれば、非常に小さな本でも最低何万円もかかり、大きな本なら最低10万円以上する事、さらに上にはきりがない事が日本人には馬鹿らしく思えるのかもしれません。
 本の装丁には普通 動物の皮、マーブル紙、厚紙、その他を用います。マーブル紙とは特殊な方法で大理石のような文様をつけた紙のことです。印刷ではありません。本当のマーブル紙は特殊の水溶液面に絵の具を落として、うまくかきまぜて、偶然の文様を作り、それを紙に写しとったものです。従って一枚一枚すべて文様が異なりますから、良質の紙で色と文様の優れたマーブル紙は、かなり高価です。装丁家によっては自分でマーブル紙を作る人もいるようです。西洋の上流家庭では、大事な人へのプレゼントを、世界でたった一つの物という意味をこめて、本物のマーブル紙で包装して贈る習慣があります。マーブル紙の起源は諸説ありますが、日本の和紙の 墨流し の技法が起源だという説もあります。マーブル紙といってもピンからキリまでありその模様と紙の種類により値段は随分異なるようです。最高級のものは雲状の線の模様が入っていて透かしマーブル紙といいますが時にはモロッコ皮より高価なこともあります。マーブル紙は日本でも作られていますが初歩的なものが多く私の推定では透かしマーブル紙を作る人はいないと思います?本物のマーブル紙ではなくマーブル模様が印刷された紙、コロタイプ印刷されたもの、あるいは版画のリトグラフ技法で印刷されたもの等各種の贋物のマーブル紙があります。これらの内、通常の印刷によるものは、拡大鏡で見れば直ぐわかりますが、コロタイプやリトグラフによるものは、素人では判りません。私でも隅から隅まで見ないと判別できないものもありますからご注意ください。
 皮はモロッコ皮〔山羊〕、カーフ〔子牛〕、ベラム〔羊皮紙?、羊?、子牛?〕、白豚等が使用されますが、圧倒的にモロッコ皮が多いと思います。モロッコ皮の本は西洋諸国の装丁家が非常に長い年月をかけてついに辿りついた究極の本の姿といわれています。
 それではモロッコ皮とはどんな皮でしょうか。モロッコ皮は山羊の皮をタンニン剤でなめした良質の皮で昔はモロッコ特産でした。現在ではモロッコ以外でも作られているようです。非常に高価な皮だそうです。モロッコ皮では、その美しい〔 しぼ 〕と独特の肌触りが好書家を魅了するようです。〔 しぼ 〕とは私も詳しくはありませんが、皮が自然に持つこまかい凹凸を、ある種の処理で際立たせて、できる文様の事だとおもいます。モロッコ皮には主にフランスで使用されているフレンチモロッコと、主にイギリスで使用されているオアシスモロッコ及びレバントモロッコ等がありますが、それぞれ微妙に〔しぼ〕が異なります。また(しぼ)が目立たなく つぶれたように見えるクラッシュド モロッコ皮もあります。この他モロッコ皮とは呼ばれませんが、それと良く似た、フランス産、インド産の山羊を用いたシャグラン皮も装丁に使用されます。モロッコ皮はあらゆる種類の色に染められて使われています。本の好きな人なら一冊でもよいからモロッコ皮の本を持ちたいと思うのは当然でしょう。
 モロッコ皮を表紙に使用した場合、表紙の全部が皮の時フルモロッコ、全体のおよそ半分が皮の時ハーフモロッコ、およそ4分の1が皮のときクォーターモロッコといいます。B6版(18.2cm*12.8cm)の本を日本の装丁家にフルモロッコでの装丁を依頼したとき、本の題名以外、装飾はなくても、およそ10万円から20万円程度かかると思います。ましてやB6版より大きい本に金箔押し装飾やデザイン装飾が入ればそれより はるかに はるかに高価です。
 モロッコ皮は極めて美しく魅力的な皮ですが私の経験ではカーフ(子牛皮)に比し薄く、やや耐久性が劣るように思えます。またモロッコ皮はカーフと異なり空押し(空エンボス)は困難で金箔押しの装飾が一般的です。空エンボスもなかなか奥ゆかしくてよいものです。このためかカーフはしばしば極めて貴重な本の装丁に使用されます。
 装丁家に依頼して装丁した本でなく日本で大量に印刷されている本の皮装本としては数十年前までは各種のものが出版されていました。当時特殊な本でなく一般の人が利用する本としては研究社及びその他の英語の辞書には総皮装丁本が出版されていました。私も兄から、この研究者の総皮装丁の英語の辞書を贈られ重宝しました。私は持っていませんが世界的にも有名な諸橋先生の大漢和辞典も背革装の本だったと思います。天然よりはるかに丈夫な人工革の出現により量産された革装本は日本では、ほとんど無くなってしまいました。ただ例外的に残っているものとしては(私も2冊持っていますが)研究社の新英和大辞典には、背革特装本があります。兄弟本の新和英大辞典にも背革特装のものがあります。これらの辞書の背表紙には、金色箔押しで本の題名が書かれていて、なかなか美しい本です。残念ながら表紙のコーナーは革ではありません。研究社以外の出版社の大型の英和の辞典にも背革特装本があるようです。また日本のものではありませんが、イギリスのPochet Oxford Dictionary(俗称POD)は非常に安価にもかかわらず総革装丁のものがあり現在でも洋書のある書店ではどこでも求めることができます。
 本の本文に使用する紙としては、羊皮紙は別として西洋諸国でも、昔から現在までジャポン紙〔日本の和紙〕、チャイナ紙〔中国紙〕、西洋紙の順で高級で美しく長持ちすると評価されています。それほど日本の和紙は丈夫で美しいためだと思います。和紙は300年経過しても使用可能なほど丈夫ですが、西洋紙は手すき紙でも300年もたてばかなり変質します。
 14世紀まで西洋では手書きで羊皮紙の本が、ほとんどでした。従って非常に高価で、王侯貴族か教会しか本は持ちえませんでした。そのため本の装丁もすこぶる豪華になり、なかには宝石を多数ちりばめた、いささかやりすぎのものもみられます。
 私は装丁の美しさのみを求めて本を購入したことはなく、すべての本を、本の本文にのみ興味をもって本を購入したのですが、たまたまそれらの本にしてあった装丁を以下に紹介させていただきます。実際には、表紙全面に装飾があり、全小口に金箔を張った三方金の装丁を含めて、すばらしく、豪華で美しいデザインの装丁の本もありますから、以下の例のみでは装丁の美しさは、充分には紹介できないかもしれません。しかし以下の20冊の写真をすべて見れば装丁のすばらしさの一部分は理解していただけると思います。以下に示す本はすべて私自身が装丁家に依頼したものではありません。私の蔵書は二万冊以上ありますが残念ながら私自身では未だかって一度も装丁家に依頼したことは、ありません。日本人が装丁に関係するのは、大学、図書館、学校、大会社等が定期的に購読している雑誌の製本だとおもいます。多くの方が図書館、大学などで厚手の緑色、青色の表紙に製本された雑誌を見たことがあると思います。紙を用いたこの程度の製本でも少なくとも数万円程度かかり、場合によっては一年分の雑誌の価格より高いこともあります。これらの雑誌の製本は日本では(コクヨ)と(ナカバヤシ)とがシエアを二分しており、これらの会社は通常の雑誌の製本のみならず貴重書の装丁もしています。特に〈ナカバヤシ)の神戸工場には貴重書の装丁専門の従業員が十数名おり装丁、装丁の補修、一枚一枚ばらしてのシミぬきまで行っております。貴重な本をお持ちの方は記憶しておくと、良いと思います。

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↓エルザ ゴンクール著 有名画家のエッチング挿絵入り 1895年 フランス


↓背表紙の拡大写真 この本は天金〔本の全ページの一番上に金箔〕ですが、撮り方が悪くて光っていません


↓表紙は ハーフ モロッコ です マ-ブル紙とモロッコ皮との境界には金箔による金線が入っています  マーブル紙は大理石様の模様以外に左上から右下にかけて かすかに うすい帯状の平行線が見えますが これは透かしマーブル紙といって非常に製作困難で マーブル紙としては最も高級なものです ハーフモロッコといってもこの程度のもにもなると へたなフルモロッコより好まれ高く評価されています


↓フルモロッコ装丁の例 アメリカ 1892年 左右非対称の花柄の金箔押しのある美しい装丁の本です 個人的には花柄の装飾は好きなのですが なかなか手にいれるのが困難です


↓フルモロッコ装丁の例 ロングフェローの詩集 1902年 アメリカ 表紙に金箔押しの装飾文字で本の題名があります はでな装飾はありませんが非常にきめこまかい ていねいな装丁の美しい作品です とても100年以上経過しているとは思えません おそらく少女か若い女性の入学あるいは誕生祝いに誰かが美しく装丁して贈った詩集でしょう 本の題名は--The Hanging of the Crane-- クレ-ンというのはアメリカの巨大な暖炉の中にある鍋、食物をつるすための金具、 ハンギングは(鍋、食物等を)つるすことだと思います モロッコ皮はクラッシュド モロッコといって しぼ を少し押しつぶしたものです


↓上の本の表紙の見返しに使われた透かしマーブル紙 高級な装丁にはマーブル紙は以下のように表紙の見返しにも使われます 上および左側の青い部分は表紙の表から折りかえされたモロッコ皮です 見返しにもかかわらずモロッコ皮の左上コーナー部分には金箔押し装飾が見えます  ここでもモロッコ皮とマーブル紙との境界は金箔による金線です アメリカ 1902年


↓上の本の表紙を厚さを見るために背表紙の反対方向から片側の表紙の端を撮影した像 表紙の厚さを示したものです 表紙の厚みの中に金箔押しの2本の金線が入っています (表紙の厚さは拡大されています)


↓金箔押しで装飾されたフルモロッコの装丁の例 三方金 装丁はBunpus イギリス 1915年 典型的なイギリスの装丁です


↓モロッコ革の装丁の背表紙

↓アールデコ期のフルカーフの装丁の例   装丁はKieffer D'art フランス 1926年    本の装丁のデザインは伝統的なものが多いのですが歴史的に見ればアールヌーボー、アールデコ期におけるフランス特にパリの装丁は特別です 以下の例もその一つでアールデコのデザインの特徴をよく示していると思います アールデコ期のフランス装丁の本は なかなか手に入れ難いと思います


↓上の例の背表紙


↓上の例の背表紙


↓赤のフルモロッコの装丁の例 天金 イギリス 1903年 ワーズワースの詩集 いかにも詩集らしいデザインです


↓多色のフルモロッコの装丁の例 フランス 1943年 本の題名は  アンドレ マルローのFABLES FRAICHES 100部限定本 素朴でかわいい装丁

 

↓18世紀の金箔押し装飾の総モロッコの装丁 *1

 

↓17世紀の多色のフルモロッコの装丁の例 この表紙のデザインは歴史上最も有名な愛書家ジャン グロリエの蔵書グロリエ本の表紙のデザインの影響を強くうけています  *1   


↓17世紀の総モロッコの装丁の例    *1


↓ハーフモロッコの装丁の例 フランス 1927年 有名なモーリス ジョワイアン によるロートレックの本 装丁は普通ですが中にロートレックのオリジナル版画入りのためかなり高価な本です 著者ジョワイアンは画家の良き理解者で友人でした この例ではモロッコ皮とマーブル紙との境界には上のハーフモロッコの例と異なり金箔による金線は入っていません


↓上の例の背表紙の拡大写真


South-German reversed ochre leatherによる装丁の例 中心と四隅の金具は真鍮です   *


↓日本の装丁家によってハーフモロッコに装丁された例 装丁年不明 日本の岡本により装丁 本は1900年にパリで出版されたミュシャのリトグラフの挿絵入りの本クリオです 岡本は日本では有名な装丁家だそうです モロッコ皮とマーブル紙は普通のものです 透かしマーブル紙は私の推定では日本では作られていないとおもいます


↓フルモロッコの装丁の例 36cm×22cmの大型本 三方金 19世紀装丁


↓江戸時代の日本の本の〔和とじ〕 の表紙の例 一部分の拡大  右側に本をとじている紐が見えます。


↓フル カーフの装丁の例 この本はバーナード ミドルトン〈イギリスの有名な装丁家)によりフルケンブリッジカーフに装丁されています。カーフは一般にモロッコより厚手です。 そのため外国では安定していても日本にもってくると高い湿度のせいか保管に注意しないと、少しそって曲がることがあります。 モロッコは薄手のためか、あまりそのような事はないようです。カーフは〔しぼ〕がないため、すべすべしており、それがかえって好まれ、耐久性もありますから、しばしば極めて貴重な本の装丁に使用されます。カーフはあまり各種の色に染められることがありませんから、もしかしたらこれが自然の色かもしれません。 


↓フルカーフの装丁のエンボスの拡大写真。 カーフはモロッコと異なり しぼ が少ないため金箔を押さない空のエンボスが可能です。しぶくてなかなか良いものです。


↓装丁がフル モロッコの例 表紙に透明なカバーが付いているため光って見えます。 この本は縦40cm横31cmあり、このような大型の本がフル モロッコということはまれです。このことはこの本が非常に貴重だということを示しています。 


↓装丁がフル ベラム〔羊皮紙〕の例 透明なカバーが付いています。 羊皮紙は英語では、パーチメントといわれることもあります。ベラム〔羊皮紙〕と書きましたが、ベラムは子牛から作り、羊皮紙は羊から作るという説もあり、ベラムは子牛皮から作ったものかもしれません。いずれにせよ下に紹介している本の表紙は確かにベラムと呼ばれるものです。ベラムは、表紙に使用した場合、薄手にもかかわらず外国で装丁したものを日本にもってくると湿度の違いから、少しそって曲がることがあり、保管に注意が必要です。良質のべラムは本文に使用した場合、表と裏の両方に文字を印刷されているとき、表から見ると、裏の文字がかすかに透けて見えることがあります。実際のベラムは少し厚い紙に油あるいはバターをつけて乾燥させたようにみえます。また古くなるとかなり硬くなりゴワゴワしています。


↓モロッコ皮の〔しぼ〕の例 モロッコ皮はフレンチ モロッコ、オアシス モロッコ、レバント モロッコ等がありますが それぞれ少し〔しぼ〕が違います 下の例はフレンチ モロッコです


↓多色で美しく装飾された総モロッコの装丁の例 フランス 20世紀  *2


↓装丁される前のマーブル紙   *2


↓装丁されたマーブル紙の例 表紙の見返し〔裏側〕です マーブル紙は特殊水溶液に絵の具を流しできた自然の文様を紙に写し取ったものです 従って一枚一枚すべて文様が異なります このマーブル紙は透かしマーブル紙を除いて私の持っているものの中で最も出来のよいものです

*1,The Count Osward Seilern Collectionより  *2. Miller's Collecting Booksより



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