インキュナブラ  と彩色写本 

多数のインキュナブラのリンク先の表が最後にあり 写真53   

 
 西洋では木版印刷が発達しなかったため15世紀の中頃まで、本と言えば、ほとんどのものが教会の僧侶等が時間をかけてベラム(羊皮紙)に書いた手書き本(彩色写本)でした〈図1A-図1F4)。1455年にドイツ マインツのグーテンベルグが世界で初めて鉛鋳造活字による活版印刷でラテン語の聖書を出版しました。活版印刷の発明は文字の発明と並んで人類文化史上 最も偉大な発明といわれています。1455年以後1500年までに活版印刷により刊行された本は、揺籃期の印刷本と言う意味でインキュナブラ(incunabula )と呼ばれています。インキュナブラは15世紀の後半約45年間に、およそ40000点出版されましたが、現存約27500点です。そのうち日本にあるものは400点以上600点以下と思われ、この数はヨーロッパの歴史ある、一つの大学あるいは一つの教会の図書館が所有するインキュナブラの数以下です。しかし なかにはコ-ベルガー印行のニュールンベルグ年代記のようにドイツ語版、ラテン語版あわせて国内に合計14部以上もあるインキュナブラもあります。合計数はともかく明星大学と天理大学には それぞれ およそ60点以上の、慶応大学には50点以上のインキュナブラがあり、しかもその質は明星大学、天理大学、慶応大学ともに極めて高く、どうしてこのような 稀こう書が日本にあるのか不思議なくらいです。特に およそ200万冊の蔵書をもち、日本の古典籍の収集では群を抜いて世界一と思われる天理大学天理図書館が多数のインキュナブラの収集も行っていることは 驚きです。
    インキュナブラ関連の多数のリンク先の表が最後にあります。以下に中世の彩色写本の2例と代表的なインキュナブラを紹介しますが、解説は学問的ではなく気のむくままに書いたもので内容は保証の限りでは ありません。写真は下に示すものだけでなくリンク先のものも御利用下さい。

↓図1A 中世のベラム写本ラテン語聖書の1例 オ-ストリア 37.5cm*26.5cm C1460(Medieval Illuminated Manuscript Bible in latin Austria c1460) 

オーストリアの彩色写本のデザインはドイツのデザインに強く影響を受けています 中世写本聖書の多くはフランス製で小型のものが多く このような大型でドイツ形式のデザインのオーストリアのものは現在では極めて稀で 製作時には おそらく縦40数cmあったと思われ その大きさからジャイアント バイブルと呼ばれています ベラムは大きいのみならず最高級の上質ベラムが使用されています 15世紀中頃のイニシアルと余白の装飾は 最も洗練されていると思います 特に上質のべラムに描かれた 原色とハーフトーンを微妙に使い分けた装飾は魅力があります ドイツ とオーストリアの15世紀の彩色写本の装飾はイタリア フランス イギリス等と異なり例えば図10AのイニシアルPに示されているような人物像を含むものはまれです 装飾は ほとんど草花か動物です 私 個人としては 人物像は ないほうが 洗練されていると考えています 

↓図1B 写本ラテン語聖書のイニシアルと装飾の拡大写真

 とても540年以上前に描かれたとは思えません 非常に美しいイニシアルです 写真の色の再現性と解像力が良くないため本物を直接見ないと本当の美しさは判りません 黄色に見えるところはすべて金箔押しで それがほとんど完全に残っています 15世紀のドイツ オーストリアの彩色写本の装飾は ハーフトーンによる非常にやわらかで微妙な表現を含むのが特徴ですが 下図は それお良く示していると思います このハーフト-ンによる装飾表現は15世紀中頃に頂点に達しますが 描くのが非常に難しいそうです ところでゲッチンゲン大学のベラム刷りのグーテンベルグ聖書の手書きのイニシアルと装飾は非常に美しいので有名です これはもちろんデザインと描く能力がすぐれているからですが それ以外に最高に良質のベラムを使用していることも原因です 中程度のベラムあるいはグーテンベルグ時代の紙では細かい描写での微妙なハーフトーン 及び やわらかさを十分表すことができません 下の写真と図24の固い感じの装飾とを比較すると良く判ると思います  下の写真の実際に見た感じを想像するにはプロが撮影したゲッチンゲン大学の最高に上質のベラムを使用しているグーテンベルグ聖書の冒頭のページのイニシアルと装飾を拡大画面で見て想像していただくとよいとおもいます ゲッチンゲン大学のグーテンベルグ聖書にアクセスするには→ここをクリックして出てきた画面のGottingen Gutenberg Bibleを選んで下さい

↓図1C 写本聖書の別のページ 

↓図1D 写本聖書の別のページのイニシアルと装飾の拡大写真 黄色に見えるところはすべて金箔押しです


↓図1D2 写本聖書の余白の装飾の拡大写真

↓図1D3 写本聖書のイニシアルSの拡大写真

↓図1F 彩色写本 ランガトック聖務日課書の1葉(べラム) フェラーラ 1456-1469年  27.1cm*20.0cm (Llangattock Breviary Ferrara 1456-1469 vellum a leaf) 製作されたのはイタリア北部 ベニスの南南西およそ70kmにある フェラーラ(Ferrara)ですがイギリス WalesMonmouthに領地があったランガトック卿(Loads Llangattock)が長く所有していたため この名でよばれている有名なべラムの彩色写本の1葉です。この聖務日課書はイタリアでは以前レオネロの聖務日課書(Breviary of Leonello d'Esteと呼ばれていました。彩色写本は歴史ある教会 図書館 博物館等が所蔵する完本は別として市井に出まわっている原葉に関しては通常 推定はともかく正確な製作依頼者 製作地 製作者 製作年 その後の来歴等は不明な原葉がほとんどです。 このランガトック聖務日課書は そのすべてが記録に残っている例外的な彩色写本の原葉です。この本はフェラーラ公国の国王 ボルソ公爵(Borso d'Este ボルソデステ)が有名な彩色写本家Guglielmo Giraldi, Giorgio d'Allemagna, Bartolomeo di Beninca, Matteo de' Paste等に依頼し1456-1469年の間にフェラーラで製作されたものです。またこの聖務日課書(Breviary)は現在モデナのエステ図書館が所蔵するミサ典書(Missal クリックして右下の写真を拡大して見る)と兄弟関係の彩色写本で お互いに大きさ 行数 装飾のデザイン フォーマットが同一で 同じ彩色写本家によって製作されました。これらの彩色写本はボルソ公爵が自分のチャペルで使用するために作られたものです。兄弟写本 ミサ典書(Missal)のサイトの右下に示された写真を見てみると ほとんど1ページ全体に(いわゆる)ミニアチュアの絵のある美しいぺージが 示されており 聖務日課書の写本にも これと類似のページがあったものと思われます。 ところでフェラーラで製作された豪華さと美しさが世界一と言われているボルソの聖書(Borso's Bible or Bible of Borso d'Este))は この聖務日課書を製作依頼したボルソ公爵が ほぼ同時期にGiraldi等のグループに依頼して製作されたものです。 このボルソの聖書もエステ図書館により所蔵されています。 フェラ-ラにある パラッツイオ スキファノイアの(月暦の間)に描かれている あまりにも有名なスキファノイア壁画 (ここもクリック) もボルソ公爵の指示で描かれたものです。ランガトック聖務日課書は一時スペインの図書館に所蔵されましたがPeninsular 戦争の時 イギリスに もたらされてRolls家の所蔵になり その後ランガトック卿が所蔵し それが1958128日 クリスティーズのオークション(Lot #190)にかけられアメリカ ボストンのGoodspeed 氏によって落札されました。 オークションの時 すでに多くの欠葉があり さらに美しいイニシアルが多数切り取られていたため Goodspeed氏はただちに これをバラして1葉ずつ売りだしました。 最も美しく保存の比較的良い最初の10葉は有名な彩色写本の収集家Philip Hofer氏により購入され 後に この10葉はアメリカのハーバード大学のホートン図書館に寄贈されました。この中には兄弟本のミサ典書(Misar)のサイトの右下の写真のような豪華な装飾の原葉もありましたが一部分切り取られていました。ホートン図書館はホートンが彩色写本 インキュナブラ等の貴重図書をハーバード大学に寄付しようとしたところ 貴重図書の保管書庫の問題から寄付困難となり やむをえずホートンみずからにより貴重図書専用の図書館として寄付されたものです。ハーバード大学に寄贈された以外の残りの原葉は(結果的にはHofer氏が選んだ後の残り物ということになりますが)散逸しました。 しかし1967年にFolio Fine Art Maggs Brathers Alan Thomas 等の有名な古書店のカタログに かなりの枚数の原葉か掲載され販売されました。この1葉はその時 販売された中の1葉だと思われます。ところでハ--ド大学は Hofer氏の85歳の誕生日を記念して1983年に彩色写本の展示会を開き完本でなく原葉であったにもかかわらず ランガトック聖務日課書の1葉も展示されカタログにも掲載されました。その他欧米で行われた彩色写本の展示会に その華麗さから しばしば(以下の原葉の姉妹の)原葉が展示され そのカタログから来歴 および 現在の所蔵個所を知ることができます。

後に示した図10A-図10Cまでのプルターク英雄伝の装飾もフェラーラの 同じ装飾家のグループの手によるものですから(製作年は10-20年後ですが)デザインは かなり似ていると思います。インキュナブラの原葉が 主に紙で 彩色写本の原葉がほとんどべラムであるにもかかわらず このような彩色写本の原葉は 歴史的 文化的 芸術的価値の高い初期のインキュナブラの原葉に比し その美しさの割に安価で都市国家の国王が製作依頼し 来歴の明確な下図に示すランガトック聖務日課書の原葉でも 図1G 図2Bのグ-テンべルグ聖書の原葉のおよそ20分の1 図15A-図15Fのカンタべリー物語の原葉の およそ6分の1の価格です。もしこの聖務日課書がフェラーラの国王が製作依頼したものでなく また他の来歴が不明確であったなら さらに今の価格の3分の1あるいは4分の1程度だと思われます。これは彩色写本が中世の何百年の間に想像以上に多数 製作され現在も完本 不完本 原葉ともに非常に数多く存在しているのみならず その来歴は多くのものが推定で明確でないため 歴史の教科書に載っているような彩色写本か教科書に載っているいるような歴史上の人物が所蔵していた彩色写本を除いて比較的 安価になっているものと思われます。 ただし ほとんど1ページ全体に 聖書の物語の有名な場面のいわゆるミニアチュア絵画が描かれているような彩色写本の原葉は かなり高価です。また ほとんど手に入れることが不可能な11世紀以前の原葉も非常に高価です。下図に示す原葉は聖務日課書の中で特別 装飾の多い原葉ではなく普通の装飾の原葉ですが いずれにせよ フェラーラの国王が製作依頼し 他の来歴も明確な聖勤日課書の美しい1葉が取得できることは バラして1葉ずつ販売してくれたGoodspeed氏の おかげであり 彼に感謝しなければなりません。 このような高貴な貴族が関係し来歴のすべてが明白な彩色写本の原葉は 美しいものに限れば これ以外に あまり市井に 出まわっていませんでした。


↓図1F2 装飾の拡大写真 描かれている装飾は 他の彩色写本と比較して異様なほど細かい描写です 図10A 図10Bに示すプルターク英雄伝の装飾もフェラーラの同一グループによる装飾ですが英雄伝の ものよりはるかに表現が精細です これは英雄伝の方が縦43cmと大きいことと 紙のため べラムほど細かく描けないことが原因と思われます 

↓図1F3 彩色写本聖務日課書の裏ページ

↓図1F4  裏ページの装飾の拡大写真

 

↓図1G グーテンベルグ聖書(Johann Gutenberg, Mainz,1455? Gutenberg Bible or 42-line Bible in Latin a leaf)の一葉(一枚、2ページ、原葉とも言う) 1455年刊と言われている世界最初の鉛鋳造活字による活版印刷本 現存48部 1ページが2カラムで1カラムが42行で印刷されているため42行聖書とも呼ばれています 1284ページにローマカソリック教会の基本の聖書であるウルガタ聖書(ラテン語)が印刷されています 大きさ ラージフォリオ 40cm*29cm 黒色部分が印刷です 大きなイニシアルを含めて黒以外のものは すべて手書きです 下の写真の原葉は第Ⅱ巻292枚目の表ページで新約聖書の使徒言行録の一部分です 新約聖書の原葉は日本で1-2葉と極端に少なく極めて貴重です。

 グーテンベルグ聖書はグーテンベルクがシェーファーとフストと共に印刷しました 日本には全体の約半分のページ数の不完本(旧約聖書の一部分)が慶応大学にあります その他一枚ずつ ばらしたものが大学図書館、博物館、印刷会社、個人等により 合計25葉以上 所蔵されています 詳細は このホ-ムページのグーテンベルグ聖書のサブペ-ジをご覧下さい 他のホームページで聖書の写真を見たい方は以下をご利用下さい

 グ-テンベルグ聖書の全ページを見る→ ブリテイッシュ ライブラリイの聖書(紙とベラムの2部) ゲッチンゲン大学の聖書 テキサス大学の聖書 慶応大学の聖書(上巻 旧約聖書の一部分のみ)  ゲッチンゲン大学に関しては出た画面のGottingen Gutenberg Bibleを選ぶ
 グ-テンベルグ聖書の冒頭のページを見る→ 40行のテキサス大学  40行のオックスフォード大学 40行の慶応大学  ブリテイッシュ ライブラリイの紙とベラムの聖書 アメリカ議会図書館の聖書及び ゲッチンゲン大学の聖書の冒頭は全ページを見るサイトからアクセスして下さい


↓図2A グーテンベルグ聖書の上の1葉の拡大写真 右上隅の大文字は黒で印刷された上に赤線が手で書き加えられています 左下の青のイニシアルはアルファベットの何でしょう 青のイニシアルと4行目の右端の赤と青の文字は手書きです

↓図2B グーテンベルグ聖書の別の1葉 この原葉は聖書のⅠ巻(旧約聖書の一部分)の239枚目の表です

↓図2C イニシアルの拡大写真

↓図3 図2Bのグーテンベルグ聖書の一葉の透かし模様(watermark)  牛の頭部が見えます 図9Aに示したフスト シェーファー印行の48行聖書の透かし模様と比較してみて下さい 透かし模様は48行聖書のものより グーテンベルグ聖書のものが よりはっきりしています


↓図4A フスト シェーファー印行の聖詩篇 1457年刊(Johann Fust and Peter Schoeffer,Mainz,1457 Psalter in Latin) この聖詩篇は歴史上2-3番目に印刷された鉛鋳造活字による活版印刷本です この詩篇は赤、青、黒の3色刷りで印刷時期、印刷者、印刷地、印刷者マークの入った世界最初の本です 下の写真に示す様に 赤と青の2色刷りの巨大なイニシアルが極めて印象的です ページ全体を見たい方は以下に示す他のサイトをご覧下さい 現存11部のみで 活版印刷史上 最も美しい本といわれ 愛書家 垂涎の的で 日本には もちろん1部もありませんが ばらしたものは明星大学が2葉を所蔵 慶応大学が1葉の断片を所蔵しているそうですから驚きです すべてベラム刷りです *
聖詩篇に関してはこのホームページのサブページ グーテンベルク聖書 により詳しくありますから そちらも御覧下さい
 他のサイトのフスト シェーファー印行の聖詩篇〈1457年刊)の写真→   ここをクリック


↓図4B 聖詩篇のイニシアルの拡大写真 イニシアルは非常に細かく精緻で手書きではなく 木版でもなく金属版です ただし金属の種類は判っていません インキュナブラのなかで印刷されたイニシアルとしては最も精緻だと思われます  大きさは およそ 縦9.5cm 横10.5cmです *1


↓図5 36行聖書(Albrecht Pfister? or Johann Gutenberg?, Banberg, 1459?, 36-line Bible in Latin)  歴史上 5-7番目に印刷された本と思われます グーテンベルグから活字を譲り受けてAlbrecht Pfisterがバンベルグにて印刷したと言われています 現存は9部とも12部とも言われています すべて紙刷りですが完本は現存していません ベラム刷りの断片が見られることから印刷時にはベラム刷りもあったものと思われます この聖書は1991年に全体のおよそ5分の1の不完本がオークションに かけられアメリカのScheide Libraryにより1億円弱で落札されましたが それ以前200年間市井に出まわったことはありません  もちろん日本には1部もありませんが ばらしたものは 慶応大学が1葉の断片を所蔵しているようです。  *1
 他のサイトのAlbrecht Pfisterの印刷?と言われている36行聖書〈1459年刊?)の写真→その1  その2(かなり長くスクロールして探す)


↓図6 1460年?にグーテンベルグにより印刷されたと思われるカトリコン(Johann Gutenberg?, Mainz,1460?, Johannes Balbus; Catholicon a leaf)の1葉 歴史上 7番目ー10番目に印刷された本と思われます カトリコンというのは宗教に関する百貨全書的な辞典です 赤色の文字は手書きです 紙質は図7の48行聖書と同様に非常に良いです 日本には明星大学に1部ありますが 他にばらされたものは少なくとも3葉はあります カトリコンの第一版は1460年の一刷り 1469年のニ刷り 1472年の三刷りがあるといわれています 以下に示す1葉は1460年の一刷りです
 他のサイトのグーテンベルグ?による印刷と言われているカトリコンを見る→写真1 


↓図7 フスト シェーファー印行の48行聖書の1葉 1462年刊(Johann Fust and Peter Schoeffer, Mainz, 1462 48-line Bible in Latin a leaf) この聖書は印刷者 印刷地 印刷年 印刷者マークの入った最初の聖書です また印刷前から2巻にデザインされた最初の印刷本です 48行聖書はインキュナブラのなかで手書きのイニシアルが最も美しいので有名です 48行聖書の美しく大きなイニシアルを描いた人は その名前が判らないため研究者 愛書家の間でフストマスターと呼ばれています 下に示す写真のイニシアルは残念ながらフストマスターの描いたものでは ありません この48行聖書は日本では明星大学が1部所蔵していますが 他にばらされたものが少なくとも6葉は あります この48行聖書の紙質は最高で 私の経験から全く個人的な意見を言えば インキュナブラの紙質は この48行聖書が1番で 2番目はグ-テンベルグのカトリコン 3番目はグーテンベルグ聖書だと思います(私の勝手な判断) インキュナブラといっても1475年以後の印刷の本は次第に紙質が 落ちて行くようです グーテンベルグの同僚であったフスト と シェーファー及び48行聖書に関してはこのホームページのサブページ グーテンベルグ聖書に より詳しくありますから そちらもご覧下さい グーテンベルグ聖書 36行聖書 48行聖書 メンテリンの聖書がインキュナブラの4大聖書と言われています

 他のサイトのフスト シェーファー印行の48行聖書〈1462年刊)の写真→その1 その2 その3 その4


↓図8A 48行聖書の上の1葉の拡大写真 極めて実用的で かつ美しいデザインの活字です


↓図8B 48行聖書の別の1葉 イニシアルは2行のスペースに大サービスで4行分の大きさに描かれています イニシアルの回りのpen workの縁飾りはFlourishと言いますが非常に上下に長いのが特徴です この48行聖書のアルファベットのデザインはモリスのケルムスコット プレスのチョーサー活字のデザインに強く影響を与えたと言われています



↓図9A 48行聖書の透かし模様(Watermark) 少し判りにくいですが 良く見ると かすかな白い線で牛の頭部と 一番上に*印の透かし模様が見えると思います この透かし模様のシェーマを図9Bに示します グーテンベルグ聖書にも牛の頭部の透かし模様がありますが 少し形が異なります また48行聖書のほうが透かしが少し薄い と思います 図3のグーテンベルグ聖書の牛の頭部の透かし模様と比較して見て下さい 牛の頭部の透かしの入った手漉き紙はイタリア製です 下の図に示す手漉き紙は紙を漉く時に使用する膜(布?すだれ?)に起因する左右に走る細かく薄い平行線が見えます このような平行線はグーテンベルグ聖書の手漉き紙にも見られますが48行聖書ほど はっきりしていません


↓図9B 48行聖書とグーテンベルグ聖書の牛の頭部の透かし模様のシェーマ 図3と図9Aの写真と比較して見て下さい


↓図10A-図10F イタリア ベニスのニコラス ジェンソン(Nicolaus Jenson)印行のPlutarch: Virorum Illustrium Vitae 全21478(Nicolaus Jenson, Venice, 1478 Plutarch: Virorum Illustrium Vitae 2 volumes)  日本語では  いわゆるプルタークの(英雄伝) あるいは (対比列伝)と呼ばれているインキュナブラ(Plutarch Jenson)で プリニウスの自然史と並んでジェンソンの代表作です 古代ギリシャと古代ロ-マの多数の英雄の伝記が対比的に書かれています これらの英雄の伝記の あるものはシェイクスピアの戯曲の種本だと思われます 手書きの大きなイニシアルと縁飾りが印象的です ここに示す例に限らず一般にジェンソン印行のインキュナブラは手書きのイニシアルと縁飾りが美しいので有名です またジェンソンのローマン活字のデザインは完成度が高く 非常に美しく現在のアルファベットの活字のデザインの起源だと いわれています ケルムスコットプレスで有名なウイリアム モリスのゴールデン タイプの活字もジェンソンの活字のデザインに強く影響を受けています このPlutarch Jensonは日本では天理大学と慶応大学が所蔵していますが他に個人蔵のものもあるようです またPlutarch Jensonは日本のある書店により2007年末にオランダより1部 輸入され およそ3700万円で売り出されました オランダに戻された様子は ありませんから 多分 売れたのでしょう 売れたとしたら日本に もう1部あることになります 昔はもっと安かったのですが 有名なインキュナブラの値上がりのスピードはすさまじいです Jensonはイタリア べニスで印刷しましたが もともとはフランス人で印刷技術はドイツで学びました 
 他のサイトのPlutarch Jensonの写真→その1  その2〈下の写真のペ-ジと同じページ)  
 他のサイトのニコラゥス ジェンソン印行の1470年刊本のロ-マ形式のフォント→ ここをクリック


↓図10A Plutarch JensonのVolume 2の冒頭のページ 一番下の余白にある緑環の中には本の所有者の紋章(coat of arms)であるライオンが描かれていますが これは北イタリア地方のアーテイストの習慣だったようです イニシアルPは金箔押しです 縁飾りの多数の丸い円盤も金箔押しです この縁飾り〈余白の装飾) は そのデザインからイタリア北部のベニスの南西にある都市フェラーラ(Ferrara)のアーテイスト(Ferrarese artist)によるもので 明らかにフェラーラのGulielmo Geraldiの工房による縁飾りだと考えられます 図1F-図1F4までに示した彩色写本 聖務日課書の原葉の装飾も 描かれた年代は10-20年前ですが 同じグループによるものです フェラーラはルネッサンス期の学問芸術の中心地でした なおこの本が印刷された隣の都市ヴェニスのアーテイストの縁飾りには図20Cに示す如くつる(葡萄の木のつる white vine)のデザインが多く見られます


↓図10B 縁飾り と ライオンの紋章(coat of arms)の拡大写真 非常に美しい模様で その美しさは 実際の本を見ないと判りません 多数の丸い円盤とライオンは金箔押しです


↓図10C イニシアルPの拡大写真 ジェンソンのアルファベットのデザインは現在のものと ほとんど変わりません


↓図10D Plutarch Jenson Volume 1 のあるページの巨大イニシアルQ バックはすべて金箔押しです


↓図10E イニシアルQの拡大写真 Qの背景は金色に輝いています


↓図10F Plutarch Jenson Volume 2の他のぺージ 単純であっても非常に魅力的なデザインのイニシアルです


↓図10G イタリア ベニスのLeonardus Wild 印行 Antonius Florentinus によるSumma Theologica 全4巻 1480-1481年刊 (Leonardus Wild, Venice, 1480-1481 Antonius Florentinus: Summa Theologica 4 volumes)  Summa Theologicaはキリスト教(カソリック)の教義の百科全書で日本語では 神学大全と呼ばれています 以下の写真は第2巻の あるページです 非常に美しいバックが金箔押しの巨大イニシアルと 余白の装飾が印象的です Wild印行のSumma Theologicaは本邦では一橋大学が所蔵していますが 他に個人蔵のものもあるようです


↓図10H 図10Gのイニシアルの拡大写真 黄色の部分が金箔押しです 実際のイニシアルと余白の装飾の美しさは この写真では 判らず本物を見る必要があります イニシアルは A です


↓図10I Wild 印行のSumma Theologica の別のペ-ジのイニシアルの拡大写真


↓図11A シェーファー印行のフラビゥス グラテイアヌスの教令集(Peter Schoeffer, Mainz,1472, Decretum of Gratian a leaf) のヴェラム刷りの1葉 印刷のレイアウトが極めて特徴的です 内側が本文で外側がその注釈です 日本には1部もないと思いますが ばらされたものはベラム葉で少なくとも2葉は あります ベラムに印刷されたインキュナブラは日本では 極めて少なく貴重です この教令集の各ページは すべてが本文の回りに注釈があるわけではなく 中には本文の両側にのみ あるものも有ります さらに上と両側に注釈があり下には注釈がないものも有ります 不思議なことに 本文の回りに一周に渡って注釈のある下の写真に示すような例の原葉の価格が一番 高価です グラテイァヌスの教令集に関しては このホームペ-ジのサブページ グ-テンベルグ聖書に 非常に詳しくありますから そちらも御覧下さい

 他のサイトのシェーファー印行のグラテイアヌスの教令集(Decretum of Gratian 1472)の写真→ここをクリック


↓図11B グラテイアヌスの教令集の拡大写真 ベラムのため赤文字付近では裏の印刷が かすかに透けて見えます 右側のやや大きい本文の活字は48行聖書と同じです ベラムは乾燥するとゴワゴワに固くなり 水に ぬらすと グニャグニャになります ベラムの柔らかさを調節するには グニャグニャのベラムを お互いに強く押された2本のローラーの間に挟んで通すか 二枚の完全平面の板に 挟んで強い力で押し水分量を調節して行います 保存をうまくしないと しわ がよります ベラムは柔らかいと かなり強い動物性の 匂いがします 乾燥して 固ければ ほとんど匂い はしません


↓図12 Conrad Sweynheim and Arnold Pannartz 印行の聖アウグステイヌスの 神の国 1467年刊(Conrad Sweynheym and Arnold Panartz,Subiaco,1467 St. Augustine: De Civitate Dei) 私の知るかぎりローマン活字が使用された最も初期の印刷本の ひとつだと思います ほぼ同時期である1468年に印刷されたメンテリンの 神の国 は近畿大学にありますが このSweynheim の 1467刊の神の国 は日本にはないと思います しかしSweynheim1470年刊の神の国は 明星大学にあります Sweynheim は もともとはドイツ人です Sweynheim の 神の国 はグーテンベルグ聖書、36行聖書 フスト シェーファーの聖詩篇 典礼大全 48行聖書 メンテリンの聖書 アルドウス マヌチゥス印行のアリストテレス全集 カクストン印行のカンタべリー物語その他のインキュナブラを除いてもっとも高価なインキュナブラの一つだと思いますが 2004年現在で外国の古書店あるいはブックフェアで300000ドルから350000ドル程度の価格です この神の国に比べたら図15Aのカクストンのカンタべリー物語は1476年刊と9年後の出版にもかかわらず異常に高価です*1 


↓図13  アウグスブルグ(Augsburg)のギュンター ツァイナー(Gunther Zainer)印行のSpiegel des menschlichen Lebens この本は木版の挿絵入りです 下の写真にはありませんが何行にも渡る大きなイニシアルも木版です 1476年刊 ギュンター ツァイナーは木版の挿絵入り本を最初に印刷したことで有名です  *1


↓図14 ドイツ Cologne のハインリッヒ キンテル印行の最初の挿絵入りの聖書 c1478刊(Heinrich Quentell, Cologne, c.1478 Bible in Low German) ギュンター ツァイナーの始めた木版挿絵入りの手法を最初に聖書に適応し ドイツ語で印刷したのがキンテルで このことはキリスト教徒にとっては画期的なことでした この聖書の木版の版木は以後に出版されたキンテル以外の印行の木版入り聖書にも使用されたようです *1


↓図15A ウイリアム カクストン(キャクストン)印行のチョーサーのカンタベリー物語 初版 1476-1477年刊の1葉 231枚目の表ペ-ジ Canon's Yeoman's Tale の1部分です 初版は327枚目以後の最後の部分を除いて1-326枚目においては韻文のためか?各行の右端が揃っていないのが特徴です 活字のデザインはーCaxton Type2ーと呼ばれるもので ドイツのケルンのJohannes Veldenerのデザインです この特徴あるデザインはブルゴーニュの貴族の手書き文字の影響を受けたもので 出きる限り手書きに見えるよう工夫したようです 図15A-図15Eまでの3葉は1905年シカゴのカクストン クラブから出版されたWilliam Caxtonというリーフ ブックの末尾に添付されていたものです

 

↓図15B カクストン印行のカンタべリー物語の初版の上に示した1葉の透かし模様(watermark) 下の写真の中のかすかな白っぽい線が示すように 透かし が入っていることは確かですが 何を表している透かし模様か明確には判りません 多分ユニコーンだと思います 上下方向に 少し長い胴体があり 四肢が右側にでているのだと推定しています カクストンのカンタべリー物語の初版の明確なユニコーンのwatermark像を見たい方はここをクリック(サイトの かなり下にありますからスクロールすること)して下さい


↓図15C カクストン印行のカンタベリー物語 初版の別の1葉 110枚目の表 Merchant's Taleの1部分です


↓図15D 図15Cの原葉の透かし模様(watermark) 図15B の透かし模様より はっきり していますが やはり何を表しているのか 明確では ありません この透かし模様はユニコーンでは ないようです


↓図15E  カクストン(キャクストン)印行のカンタベリー物語 初版1476-1477年刊の3番目の1葉 93枚目の裏ペ-ジです 内容はMan of Low's Tale 1部分です


↓図15F キャクストン(カクストン)印行のチョーサーのカンタベリー物語 初版 1476-1477年刊の別〈4番目)の1葉 351枚目の裏ペ-ジです 内容は最後の物語であるParson's Tale の1部分です カクストンのカンタベリー物語の初版は 上記3葉に示すように韻文のためか?ページの各行の長さがそれぞれ異なり そのため右端が揃っていないことが特徴です しかし何事にも例外はあるようで 下の写真に示すように327枚目以後のParson's Taleでは各行の長さは ほぼ同じで右端もかなり揃っています Parson's Taleは牧師の説教の部分ですから もしかしたら散文(?)で そのため右端が揃っているのかもかもしれませんが これは私の勝手な推測です? この原葉は上に示す3葉と異なりカクストン クラブにより出版された Duff William Caxtonに添付されていたものではありません


↓図15G 1905年 カクストン クラブから出版された カンタベリー物語(初版)の原葉が添付されている Duff著ーWILLIAM CAXTONーの扉ページ


↓図16A キャクストン(カクストン)印行のチョーサーのカンタべリー物語 2版 1483年刊(William Caxton, Westminster,1483 Geoffrey Chaucer: Canterbury Tales 2nd. ed.)  2版には素朴な木版挿絵が入っています 2版も最後部のParson's Taleを除いて初版と同様にプリントされた各行の長さは異なり右端は揃っていません 下の写真は原葉から写したものではなく1905年カクストン クラブから出版されたDuffのWilliam Caxtonのあるページから写したものです チョーサーのカンタべリー物語の2版は日本では 関東地方の個人A氏とB氏が それぞれ1部ずつ 所蔵しているそうですから 本当に驚きです 現在 1部 1億円以上するそうです うらやましい限りですね 詳細は図15Aの説明文を見て下さい

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↓図16B キャクストン(カクストン)印行のイングランド年代記 1480年刊の1葉(William Caxton, Westminster,1480 Chronicles of England a leaf) 初期のカクストン印行のインキュナブラはプリントされた各行の右端が揃っていませんが 以下に示すように1480年刊のイングランド年代記以後に出版されたインキュナブラは右端を揃えてプリントされています このイングランド年代記も他のカクストン印行のインキュナブラと同様 現存部数は極めて少なく12部?と言われています 慶応大学は この極めて貴重なインキュナブラを1部所蔵しています 以下に示すイングランド年代記の1葉はRobinson社が1933年に68部出版したJackson,Holbrook によるAn Original Leaf From the Chronicles of Englandというリーフ ブックの1部に添付されていたものです このリーフブックには慶応大学のグーテンベルグ聖書上巻を所蔵していた 世界的に有名なブックコレクター ドヒニー侯爵夫人(Estelle Doheny)Bookplateが添付されていますからドヒニーの旧蔵書と思われます
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↓図16C イングランド年代記のイニシアルの拡大写真


↓図16D Chronicles of England の原葉付きのリーフブックには以下のような Bookplate が 貼ってあります 蔵書票かどうか判りませんがEstelle Doheny 侯爵夫人の旧蔵書と思われます 非常に高価な本のDoheny侯爵夫人の蔵書票は革製?だと噂に聞いたことがあります 以下のBookplate は安物専用の蔵書票かもしれません


↓図17 カクストン(キャクストン)印行のポリクロニコンの1葉 1482刊(William Caxton, Westminster, 1482, Polychronicon a leaf)  英語です アルファベットのデザインが極めて特徴的です 紙質はカンタベリー物語より さらに悪く極端に悪いといえます 文字(活字)の大きさは初版のカンタベリー物語より小さいですがデザインは ほぼ同じだと思います カクストン印行の印刷本は いずれも現存部数が極めて少なく貴重です カクストン以外のインキュナブラに比べれば少ないですが カクストンのインキュナブラのなかではポリクロニコンは現存部数が多いと思います 多いといっても一冊の本としてのポリクロニコンを手に入れることは非常に困難ですが 原葉は世界中を探せば常時1葉は見つかるはずです 日本にあるのは広島経済大学の1部のみです 他に ばらされたものが数葉あります
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↓図18A  イタリア ヴェニス のレネール(Franciscus Renner, de Heibronn)印行のラテン語聖書(Bible in Latin) 1483年刊 以下の写真は聖書の最初のページです 巨大なイニシアルはFです 本物のイニシアルにおいては 黄色部分は金箔押しで金色に輝いていて 金色部分も青色部分も それぞれの中に微妙な模様が あります 図24の貧者の聖書の最初のペ-ジと比較して見て下さい  Rennerのラテン語聖書は1483年刊ではありませんが京都外国語大学2部 国立国会図書館1部 東北学院大学が1部 所蔵していますが他に個人蔵のものもあるようです。


↓図18B レネールのラテン語聖書の装丁


↓図19 アントン コベルガー印行のニュールンベルグ年代記の2葉 1493年刊((Anton Koberger, Nuremberg,1493 Hartmann Schedel: The Nuremberg Chronicle(Liber Chronicarum) in Latin, 2 leaves)) 多数の木版の挿絵入りで あまりにも有名です ドイツ語版とラテン語版があります 下に示したのは ラテン語版です 挿絵に手彩色したものも あります 15世紀に海賊版が出たほどのベストセラーだったようです そためか現存合計1200部以上とのことです ところで1932年 The Country Book Shopが英国 Lambton城の図書館に所蔵されていたニュールンベルグ年代記のラテン語の不完本をバラして その1葉あるいは2葉を添付したLiber Chronicarum と言うリーフブックを出版しました 以下に示す連続ペ-ジの2葉は そのリーフブックの1部に添付されていたものです 見開きの2ページのパノラマ ビユウは15世紀のミュンへンです  原葉ではなく1冊の本としてのニュールンベルグ年代記は日本にもドイツ語版 ラテン語版あわせて少なくとも14部は あると思います この本は もともと それほど高価な本ではありません 数年前まで3万5千ー5万ドル程度でしたが 現在は値上がりして欧米の古書店では非常に程度の良いもので6万5千ー8万ドルで売り出されており邦貨では700-900万円くらいです また現存部数が多いため一流 二流のオークションによく出され オークションでは 5-6万ドル程度で落とす事が出来るそうです 従ってここで紹介しているインキュナブラのなかでは どちらかと言えば安価な方に属します ただ挿絵に手彩色をしたものはもう少し高価ですし また海賊版は少し安価になります 1葉でしたら挿絵入りで150-400ドルで容易に求めることが できます 有名な都市の2ページ見開きパノラマ ビュウのある連続の2葉は原葉1枚の2倍というわけでなく それ相応の価格です 
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↓図19A コーベルガー印行のニュールンベルグ年代記の連続2葉 15世紀のミュンへンの2ページに渡る見開き図 ミュンへンはアルプス山脈のふもとにありバイエルン州の州都でドイツで3番目の人口の都会です 図の下部に見える川はイーザル川です 横幅 およそ50cmの迫力ある木版です


↓図19B 図19Aの裏ページの木版 人物像


↓図19C 図19Aの裏ページの別の木版 ほうき星(彗星)の像と思われます?


↓図20A ニュールンベルグのコーベルガー印行のラテン語聖書 1482年刊 (Anton Koberger Nuremberg 1482 Bible in Latin) コーベルガーは生涯に15版の聖書を出版しました 彼の最初の聖書は1475年の出版でした コーベルガー印行の聖書は日本でも出版年度の異なるもの さらにラテン語 ドイツ語を合計すれば 個人蔵のものも含めて およそ7-8部はあると思います この聖書には↓図20A  ニュールンベルグ のコーベルガー印行のラテン語聖書 1482年刊(Anton Koberger 図14のような木版の版画はついていません コーベルガーは1483年に有名な木版さし絵付きのドイツ語(High German)の聖書を出版しました ただ木版さし絵付きの聖書の出版は図14に示したキンテルが最初でコーベルガーが最初ではありません コーベルガーは その後木版さし絵付きのラテン語聖書 木版さし絵付きでかつ聖書の注釈付きで図11Aのような二重のフォーマットのラテン語聖書を次々出版しました 2004年に1483年刊の木版さし絵付きドイツ語聖書を日本の ある古書店が3000万円で売りだしました 以下に示す聖書は木版さし絵なしでそれほど高価ではありません

コーベルガー印行のインキュナブラの聖書は本邦では明星大学 天理大学 京都外国語大学 東北学院大学 広島経済大学 名古屋学院大学が所蔵していますが 個人蔵のものもあるようです なお名古屋学院大学の美しい金箔装飾のイニシアルのある聖書は図書館に常時展示しているそうです
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↓図20B イタリア ベニスのErhart Ratdolt 印行のユークリッドの幾何学原論の原葉 1482年刊(Erhalt Ratdolt, Venice, 1482 Euclides: Elementa Geometrica a leaf) ユークリッドの幾何学原論は最も重要な学術書の一つだと思いますが600以上の図のあるこの本は当時 技術的に出版不可能だと考えられていました それに挑戦して印刷出版したのがRatdoltでした Ratdoltはベニスで出版しましたが もともとドイツ人で印刷技術もドイツで学びました Ratdoltによる この本の出版はEpoch-makingなことであったのみならず欄外に幾何図形を印刷する形式を含めて以後の数学書の印刷形式に多大な影響を与えました 幾何図形は初期の研究においては木版とl考えられていましたが現在は活字用の金属を用いた金属版と言うのが定説です しかし私個人の意見では金属版にしては非常に出来の悪い図形があり すべての図形が金属版だとは考えにくいと思っています このインキュナブラは日本人に異様なほどの人気で日本国内の東北大学 明星大学 慶応大学 日本大学 国会図書館 金沢工業大学 天理大学 関西大学 京都女子大学 近畿大学 広島経済大学と12箇所が所蔵しています 現存1200部以上のニュールンベルグ年代記が日本に14部あるのは不思議ではありませんが この本が12部あるのは私には いささか意外です 大きさは一応フォリオサイズですが縦29cm 138葉と比較的小さく紙質も極めて薄く あまり迫力のある本では ありません この本は20053月現在 25万ドルと40万ドルで2部売り出されています  また2002年にはⅠa という初期のステートの1部が31万5千英ポンドで売り出されていました 各種のステートがあるため容易には判断できませんが2600万円 4200万円 6300万円というのは本の内容はともかく外見からは いささか高すぎると 思います 日本に12部あることと 現在2部売り出されていることから考えると現存部数が非常に多いのかも知れません 以下に示す原葉はEarly Editions of Euclid's Elements と言うリーフブックに添付されていたものです


↓図20C ユークリッドの幾何学原論の冒頭のページ 以下の写真は原葉の写真ではなく上記リーフブックのファクシミリのページを撮影したものです 赤と黒の2色刷りです イニシアルと余白の装飾は木版?だと思いますが幾何の図形は金属版?だそうです この冒頭のページの極めて特徴的な余白の木版装飾とイニシアルは学者の間では有名です イニシアルの装飾はWhite vine(葡萄の木のツル)で White vineの装飾は普通ベニスのアーテイストのデザインに多く見られRatdoltも多用しています 有名なケルムスコット プレスのイニシアルの装飾もWhite vine(葡萄の木のツル)です 下側の余白にある丸い装飾は 図10Aに示す如く その中に本の所有者の紋章(coat of arms)を入れるためのものです

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↓図21 イタリア ベニスのアルドウス マヌチウス印行のアリストテレスの全集 1495-1498年刊 全5巻(Aldus Manutius, Venice, 1495-1498 Aristotle: Opera 5 volumes) スポンサーの財政的援助を受け足掛け4年という長期の歳月をかけて編集印刷された初めてのギリシャ語の全集です 歴史上アルドウスほど優れた古典を多数印刷した人は いないと言われて います 従って印刷文化史上グーテンべルグ シェーファー フストと並んでもっとも重要な人物だと思われます アルドゥスが印刷した本は特別の名前が付いていてAldineアルダインあるいは Aldinesアルダインスと呼ばれて非常に高く評価されています アルドウスは古代ギリシャの偉人の作品を多数ギリシャ語で出版しましたが彼のギリシャ語に対する関心を示す面白い逸話があります アルドゥスは友人と学者を集めてギリシャ語のみを話す食事会を定期的に開きギリシャ語以外の言語を話した人から罰金を取り そのお金を食事の代金としたそうです アルドウスに関しては このホームペ-ジのサブページ グーテンベルグ聖書の中で詳しく述べてありますから そちらも ご覧下さい 紙質は それほど良くありませんが カクストンのポリクロニコンほど悪くありません この本は5巻からなりイントロダクションを除いて全巻で1792葉の大作で しばしば6冊に装丁されています 第1巻はオルガノンを始めアリストテレスの作品のみですが第2巻から第4巻においてはアリストテレスのみならず他のギリシャ時代の哲学者の作品も入っています このアリストテレス全集は現存 完本 不完本あわせて100部余り ですが その内半数の およそ50部がアメリカの有名図書館にあり それぞれの図書館のtreasureと成っています アメリカにある約50部のうち の4分の1が1巻のみの所蔵です 本邦では福岡大学と慶応大学と金沢工業大学が所蔵していますが他に個人蔵のものもあるようです 福岡大学は この全集を創立60周年記念として購入したそうです アリストテレスの全集は56冊の大作のためフルセットを所蔵するのは なかなか困難ですが福岡 慶応 金沢工業の3大学は いずれもフルセットを収蔵している事は驚きですし 学術的 芸術的価値が高いため非常に購入しがたい にもかかわらず 個人蔵を含めて日本に4部あるのも驚きです この本は5巻フルセットであれば極めて高価です 日本にあるインキュナブラとしてはグーテンベルグ聖書 フスト シェーファー印行で1459年刊ベラム刷りの典礼大全 グ-テンベルグ?のカトリコン フスト シェーファー印行の1462年刊48行聖書 カクストン印行の数点に次いで高価で 多分ベスト10に入ると思います 20041月のサザビーのオークションでは手数料を入れれば約8、000万円で落札されました 従って古書店で売られれば状態の良いものでしたら一億円近くはするでしょうが現在 市井に出まわっているものは1部もありません 14951498年刊と比較的後年のインキュナブラですが さすがにアルドウス マヌチゥス印行のアリストテレス全集ですね もっとも このアリストテレス全集は出版時 当時の職人の3ヶ月分の給料以上の価格で極めて高価でした そのため一般人は全く購入できず出版後50年たっても売れのこっていたそうです

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↓図22 アルドウス マヌチウス印行 コロナ著 (ポリフィロスの夢の中の愛の闘争) 1499年刊(Aldus Manutius, Venice,1499 Francesco Colonna: Hypnerotomachia Poliphili ) 466ページ、168の挿絵付きのイタリア語の本です 活字も挿絵も非常に美しい本です 活字のデザインは明らかに同じベニスの大先輩のニコラス ジェンセンの影響を強く受けていますが ボロニアのFrancesco Griffoが より美しく この本のためにデザインしたものです 挿絵はいままでの挿絵と異なり完全な遠近法によって描かれており その優雅さから学者は当時の有名な画家ベリーニ マンテーニャ 若いラファエロ等がデザインしたものだと推定しています? しかしラファエロは この本が出版された時〈1499年) 11歳位ですから いくら天才でも私には挿絵のデザインに参加したとは思えません? いずれにせよ この本の挿絵はあらゆるインキュナブラのうち 疑いもなく最も美しいものだと思います そためかこの本はMITDelft University of Technologyの共同のサイトに全ページが公開されています アルドウスは また初めて現在も使われているデザインのイタリック タイプの活字で本を出版しました 1490年以後に印刷されたインキュナブラは一般にそれほど高価ではなく一冊40万円以下のものも多くありますが この本は1499年刊にも かかわらず印刷者がアルドウスであることと 文字 挿絵ともに美しいため現在では保存の良いものでしたら2000万円近くし非常に高価です もちろん私は こんな高い本は持っていません 日本では金沢工業大学が所蔵しています 他にバラされたものは数葉はあると思います 
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↓図22A ポリフィロスの夢の中の愛の闘争  の挿絵の1例 この挿絵は全体467ページのうちの21ぺージのところにあります*1
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↓図22B ポリフィロスの夢の中の愛の闘争 の原葉    この原葉はBook Club of CaliforniaによってGrabhorn Press から1924年に出版されたAldus Pius Manutiusというリーフブックに添付されていたものです Book Club of California12種類のリーフブックを出版していますが 1924年 出版の この本は最初で最も重要なリーフブックです この原葉は23章(ポリアとポリフィロは円形劇場に入る)の冒頭で全467ページのうちの358ページにあたります 章の最初のページのため大きなイニシアルがあります Francesco Griffoのデザインによる非常に美しい活字です イニシアルはCです このページの全体を見たい時はここをクリックして下さい


↓図23A アルドウス マヌチウス印行 ユリウス マテルヌス著 アストロノミン〈天文書)の原葉 1499年刊 (Aldus Manutius, Venice,1499, Julius Firmicius Maternus: Scriptores Astronomici Veteres, a leaf)   1981年にJulius Firmicius Maternus and the Aldine Edition of the Scriptores Astronomici Veteres というリ-フブックが164部出版されましたが ここに示す原葉は円形天文チャート入りの20部の特別限定版に添付されていたものです 複雑な図のついた天文書の印刷は技術的にも極めて困難ですが アルドウスは これに挑戦し見事に美しい天文書を印刷出版しました 図は木版です  円の中の赤字は手書きです このインキュナブラは日本には1部もないと思いますが バラしたものは数葉あるはずです


↓図23B 図23Aのアストロミンの原葉の反対側のページ アルドウス マヌチウス印行に おいては木版のイニシアルが多く見られますが 下図のイニシアルEは手書きです 非常に美しい活字だと思います


↓図23C アルドゥス マヌチゥスの あまりにも有名な印刷者マーク 錨の回りにイルカが巻き付いています 後代の多数の出版社 及び 書店が このマークをまねしました *1 

 アルドゥス マヌチゥスの説明(英語)→ ここをクリック


↓図24 ラテン語聖書(Bible in Latin) バーゼルのヨハン フローベン(Johann Froben)印行 1491年刊 この聖書は16cm*11cmと小さく そのためか 世界中で(貧者の聖書 Poor Man's Bible)の愛称で呼ばれている有名な聖書です 以下に示す写真は聖書の最初のページです 大きなイニシアルはFです 右カラムの下からおよそ3分の1の高さの左端のスペースは手書きのイニシアルのためのスペ-スです Nを手書きする予定だったと思いますが横着したか  あるいは 書き忘れたのでしょう 図18ARenner の聖書と比較すると良く判ります この貧者の聖書はフローベンが最初に出版した書物です (貧者の聖書) は日本では明星大学が所蔵していますが他に個人蔵のものもあるようです
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↓図25 フローベン印行の (貧者の聖書) の人の顔をかたちどったイニシアル 下の装飾は何に見えますか?

 



インキュナブラ関連のリンク先の表
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 慶応大学(上巻 旧約聖書の一部分のみ) アメリカ議会図書館の聖書   ゲッチンゲン大学に関しては出た画面のGottingen Gutenberg Bibleを選ぶ

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グ-テンベルグとグ-テンベルグ聖書の英語の文章による解説→ 時代背景 グ-テンベルグ博物館 聖書総合ブリテイッシュ ライブラリイ

グーテンベルグ聖書の日本語の詳しい説明と その写真(このホ-ムページのサブペ-ジ)→ ここをクリック

グ-テンベルグ聖書のすべての所蔵機関の表(日本語)→ ここをクリック

図書館〈英語)→聖書3部所蔵のピアポント モルガン ライブラリイ シェイクスピア収集のフォルジャー図書館 
4大聖書所蔵のScheide Library(すべて英語)その1 その2 非常に重いその3 写真付き

活字の父型(punch)  母型(matrix) 聖書の印刷機の図〈文は英語)→ ここをクリック

グーテンベルグが印刷したかもしれない免罪符の写真→ ここをクリック

グーテンベルグが1455年以前に印刷したと思われる文書 Donatus Ars Minor の写真→ ここをクリック

へルマスペルガー公正証書〈英語)→ ここをクリック

フスト シェーファー印行の聖詩篇〈1457年刊)の写真→ その1 その2 その3

グーテンベルグ? フメリー?  シエーファー?による印刷と言われているカトリコン(1460年?刊)の写真1 写真2

手書きのイニシアルが美しいので有名なフスト シェーファー印行の48行聖書〈1462年刊)の写真→ その1  その2 その3 その4

フスト シェーファー印行の美しいCicero(1465年刊)の写真→その1 その2

シェーファー印行のグラテイアヌスの教令集(Decretum of Gratian 1472)の写真→ここをクリック

1472年刊のシェーファー印行の教令集のデザインの影響を受けた1482年刊のWessler印行の教書の写真→ここをクリック

Albrecht Pfisterの印刷?と言われている36行聖書〈1459年刊?)の写真→ ここをクリック(かなり長くスクロールして探す)
4大聖書〈英語)→ ここをクリック

ニコラゥス ジェンセン印行の1470年刊本のロ-マ形式のフォント→ ここをクリック

ニコラス ジェンセン印行のDe Evangelica Praeparatione の写真→ここをクリック

多数のインキュナブラ(15世紀の印刷本)の写真のサイト→ここをクリック

早稲田大学のインキュナブラの写真→ここをクリック

日本のインキュナブラ写真集→ここをクリック

ジャン グロリエの解説〈英語)→ここをクリック

アルドゥス マヌチゥスのインキュナブラHypnerotomachia Poliphili の写真と説明〈英語)→ここをクリック

アルドゥス マヌチゥスのアリトテレス全集(Aristotle Opera)の写真と説明→ここをクリック

アルドゥス マヌチゥスの別の説明(英語)→ ここをクリック

アルドゥス マヌチゥスのポケット版の本の写真(オックスフォード大学)→ここをクリック

アルドス マヌチゥスのアリストテレスの全集の写真と説明(日本語)→ここをクリック

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グーテンベルグ聖書の日本の原葉の写真→ ベラムの一葉〈早稲田大学)  関西学院大学のニ葉PDFのため非常に重い スクロールして探す) 広島経済大学の一葉

ウイリアム カクストン印行のチョーサーのカンタべリー物語〈初版1478年刊?)の写真→ ここをクリック

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ウイリアム カクストン印行のチョーサーのカンタべリー物語〈2版1483年刊)の写真→ここをクリック

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ウイリアム カクストン印行のポリクロニコン〈1482年刊)の写真→ ここをクリック

アントン コベルガー印行のニュウルンベルグ年代記(1493年刊)の写真→ その1  その2

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その他→ 慶応大学の上巻の聖書の解説  
シエイクスピアのフォリオ グーテンベルグ聖書〈上巻のみ) カクストンのカンタべリイ物語
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*1 Art of the Printed Book より *2 British Library より *3 University of OxfordUniversity Library and Bodley's Librarian より

 



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